はじめに
近年、日本におけるD2C(Direct to Consumer)市場は急速に拡大しています。2015年に約1.33兆円だった国内のD2C市場規模は、毎年約10%成長を続け、2020年には約2.22兆円に達しました。さらに2025年には3兆円規模に達する見込み で、市場拡大とともに参入企業も増え競争が激化しています。多数の新興ブランドが乱立する中で持続的に成長するには、単にECサイトを開くだけでは不十分です。他社にはない差別化ポイント(商品力やブランドストーリー)を明確に打ち出し、顧客の心を掴むことが必要不可欠です。実際、質の高い商品と練られた世界観でユーザーの心に刺さったブランドが急成長した一方、平凡な商品やありきたりな世界観のブランドは苦戦しています。競争環境が厳しい現在、D2Cブランドが0→1の立ち上げ段階から1→10、10→100へとスケールするためには、戦略的な取り組みが求められます。
本記事では、EC/D2C事業をスケールさせる具体的な成長戦略について、フレームワークと国内外の事例を交えながら解説します。AARRRモデル、LTV最大化戦略、ファネル分析などの手法を活用し、顧客獲得からリテンション、ブランド戦略、オペレーション改善まで継続的な成長のポイントを整理します。
D2Cブランドの成長プロセス
D2Cブランドの成長には、大きく「立ち上げフェーズ(0→1)」と「拡大フェーズ(1→10、そして10→100)」があります。0→1フェーズ ではプロダクトマーケットフィットの獲得や初期顧客の確保が中心課題です。競合が少ないニッチ市場を狙ったり、新しいマーケ戦術を活用することで、少ないリソースでも初期成長を実現できます。
例えば、メンズコスメ市場が手薄だった時期に参入したバルクオム(BULK HOMME)は「男性専用」の化粧品ブランドを立ち上げ、市場自体を開拓することで急成長しました 。競合がいない領域では広告費用対効果(CPA)も安く抑えられ、効率的にユーザーを獲得できます。
一方、1→10フェーズ では事業を更に拡大するため、ビジネスモデルや組織体制に変化が求められます。具体的には、主要チャネル以外への展開や商品ラインナップ拡充、組織の強化といった戦略が必要です。初期に成功した要因に固執せず、新たな販路(例えば自社ECから他ECモールや実店舗への展開)を開拓したり、新カテゴリの商品開発に挑戦することで、更なる成長の余地を生み出します。また、経営陣だけでなく専門人材を採用・育成し、業務を分担する組織化も重要です。
10→100フェーズ になると、ブランドを全国区・業界トップクラスに押し上げる施策が求められます。上場企業クラスのD2Cを見ると、テレビCMなどマスメディアを活用した大規模マーケティングに踏み切っているのが共通点 です。
例えば男性向け美容ブランドのバルクオムは木村拓哉さんを起用したTVCMを打ち出し、認知度を飛躍的に高めました。同時に、大企業と競合する段階では「〇〇と言えば△△」と選ばれる理由を明確にする差別化も一層重要になります。
こうした成長フェーズを通じて役立つのが、グロースハックの基本モデルであるAARRRモデル やLTV最大化戦略、ファネル分析などのフレームワークです。AARRRモデルとは、ユーザーの行動ステージをAcquisition(獲得)、Activation(活性化)、Retention(定着)、Revenue(収益)、Referral(紹介)の5段階に分類し、各段階の指標を分析・改善する考え方です。スタートアップやWebサービスの成長戦略で広く用いられており、D2Cビジネスでも顧客ライフサイクル全体を俯瞰してボトルネックを特定するのに有効です。「獲得」で新規顧客を集めても「定着」で離脱が多ければ持続的な成長は困難です。そこでAARRRモデルを活用し、たとえば初回購入後のフォロー施策を強化してRetentionを改善したり、Referral施策で顧客紹介を促進するといった具合に、弱点の補強と強みの伸長を図ります。
AARRRモデルの5段階(獲得・活性化・継続・紹介・収益)と主な施策・KPIの一覧。各段階の指標を把握し、課題をデータに基づき改善していくことで、効率的にビジネスを成長させる狙いがある 。D2Cにおいても、新規顧客獲得からリピート促進・口コミ誘発まで一貫した戦略立案に役立つ。 引用元:https://growth-marketing.jp/knowledge/aarrr_growthhack/
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またLTV(顧客生涯価値)の最大化 もD2C成長戦略の鍵です。新規獲得に偏りすぎて1回きりの購入で終わってしまうと、広告費など獲得コスト(CPA)ばかり嵩み利益が出ません。実際、近年多くのD2C企業で「1人当たりCPAとLTVがほぼ同水準」、つまり獲得コストに見合う売上しか得られていないケースが散見されると報告されています 。この状態では事業はスケールしないため、既存顧客のリピート購入や単価向上によってLTVを伸ばすことが重要です。
ファネル分析も含め、サイト訪問から購入までの転換率を段階ごとに測定し、どの段階で顧客が離脱しているかを把握することで、改善すべきポイントが明確になります。例えば、商品ページ閲覧数に比べ購入完了数が著しく低い場合はUX改善や送料条件の見直しを検討するといった具合です。これらフレームワークを活用して「どの顧客層に、どの施策を、いつ打つか」を体系立てて考えることで、成長戦略の抜け漏れを防ぎ、持続的なスケールを実現しやすくなります。
D2Cブランドのスケール戦略
スケール(事業拡大)を図る上で、以下のような戦略分野ごとに施策を最適化する必要があります。
顧客獲得戦略
まず売上拡大の原動力となる新規顧客の獲得戦略です。デジタルマーケティング全盛の現在、D2Cブランドは多彩なチャネルで潜在顧客との接点を作りに行くことが求められます。代表的な手法としてオンライン広告があります。FacebookやInstagram、Googleなどのプラットフォーム広告では細かなターゲティング設定が可能で、自社商品のペルソナに合わせた訴求ができます。ただし近年は広告競争が激化しCPA(顧客獲得単価)が上昇傾向にあるため、闇雲に出稿するのではなくLTVを考慮した投資判断が重要です(後述のリテンション戦略と表裏一体です)。
次にSEO(検索エンジン最適化)です。ユーザーが検索しそうなキーワードで自社サイトやブログ記事が上位表示されれば、広告費をかけずに継続的な流入を得られます。成功しているD2Cの多くはメディアの顔も持ち、役立つコンテンツを発信して集客しています。実例として、北欧雑貨ECの「北欧、暮らしの道具店」は買い物だけでなく読み物コンテンツが充実したサイト運営で知られ、ユーザーにとっては単なるショップではなく生活提案のメディアとして認識されているため、高い集客力とファン化を実現しています。このように自社ブログやオウンドメディアを通じたSEO施策は時間はかかるものの費用対効果が大きく、ブランドの世界観発信にも寄与します。
さらにSNSマーケティング も欠かせません。InstagramやTwitter、最近ではTikTokなどで公式アカウントを運用し、商品写真や顧客のライフスタイルに役立つ情報を発信することで認知拡大とファンとのコミュニケーションを図ります。SNS上での拡散はユーザーの共感を得られれば爆発的な波及効果を生みます。特にインフルエンサーの活用 は近年多くのD2Cで成功を収めています。InstagramやYouTubeで影響力を持つ発信者とタイアップし、自社商品を紹介してもらうことで若年層を中心に認知度や信頼度を高めた事例 が多数あります。
例えばコスメブランドの「PHOEBE BEAUTY UP」はTikTokやInstagram上のインフルエンサー施策で若い女性の支持を集め、月商数千万円規模に成長しました。
インフルエンサー起用時には発信内容がブランドイメージと合致しているか、ステルスマーケティングにならない透明性の確保など注意も必要ですが、はまれば極めて強力な集客源となります。以上のように広告・SEO・SNS・インフルエンサーと複数チャネルを組み合わせて顧客獲得の母数を拡大しつつ、チャネルごとの費用対効果をモニタリングして最適配分することが大切です。
リテンション戦略
新規獲得した顧客をいかにリピート購買につなげるか(リテンション)は、D2Cビジネスの成長持続における肝となる戦略領域です。LTV(Life Time Value)最大化のために、一人ひとりの顧客との関係性を強化し長期的なファン化を促進するCRM施策に注力します。具体的には、まず顧客データの活用 があります。自社ECを通じて収集できる購入履歴や閲覧履歴、アンケート回答などのデータを統合・分析し、顧客セグメントごとの行動傾向を把握します。
その上で、たとえば過去〇ヶ月購入がない休眠顧客セグメントには再購買を促すクーポン付きメールを送る、購入頻度が高い優良顧客には限定商品の先行案内をする、といったパーソナライズドなコミュニケーション を行います。メールマガジンやLINE公式アカウント、アプリのプッシュ通知などチャネルを駆使し、適切なタイミングで適切な内容を届けることがポイントです。
またロイヤリティプログラムの導入も有効です。購入金額に応じたポイント付与や会員ランク制度、誕生日特典、友達紹介プログラムなど、ユーザーが継続利用するインセンティブを整えます。友人紹介制度を活用すれば既存顧客のロイヤリティ向上だけでなく新規顧客獲得(Referral)にも繋がり、一石二鳥です。実際に成功しているD2Cでは、CRMとテクノロジーを組み合わせた高度な施策も登場しています。
例えば補正下着のD2Cブランド「HEAVEN Japan」では、Shopifyの自動化ツール「Flow」とLINE連携アプリを駆使して緻密なCRM戦略を展開しています。
その結果、自社ECサイト上でリピーター比率60%以上という非常に高い水準を実現し、会員の9割以上がLINE連携済みという強固な顧客基盤を築いていますnote.com 。同社はLINEでの定期的な情報発信やクーポン配布、レビュー依頼や抽選企画なども自動化しつつ行い、低コストで顧客エンゲージメントを高めているとのことです。こうした先進事例からも分かるように、「一度きりのお客様」ではなく「繰り返し利用してくれるファン」を増やすことが、広告費に過度に依存しない持続成長モデルの構築につながります。
ブランド戦略
D2Cブランドにおいて、ブランドそのものの価値を高める戦略 はスケールの土台となります。競合商品がひしめく中で選ばれ続けるには、「このブランドだから買いたい」と思ってもらえる独自のポジショニングや物語が不可欠です。そこで重視されるのがコミュニティ形成 とナラティブブランディング(物語性のあるブランド構築)です。
コミュニティ形成とは、ブランドを中心にした顧客同士や顧客と企業のつながりを育むことです。具体的には、ブランドの世界観に共感するユーザーが集まるオンラインコミュニティやSNSグループを作ったり、オフラインイベントやワークショップを開催して直接交流する場を提供したりします。これにより顧客は単なる消費者以上の「仲間」のような意識を持ち、ブランドに愛着と帰属意識を感じるようになります。他の消費者に自発的にブランドを薦めてくれるアンバサダーも生まれやすくなるでしょう。たとえばアウトドア系D2Cブランドがファン向けキャンプイベントを定期開催し、参加者同士が交流してSNSで発信してくれる、といった好循環が生まれれば理想的です。
ナラティブブランディングは、ブランドの背景にあるストーリーや理念を明確に打ち出し、顧客に物語を共有してもらう手法です。創業者の原体験や解決したい社会課題、製品に込めた想いなどを発信し、「〇〇な世界を実現したい」というブランドの物語に顧客を巻き込んでいきます。D2Cは企画・製造・販売まで一貫して行うモデルゆえに、こうしたストーリーを直接顧客に届けやすい利点があります。ブランドの世界観が明確で共感を生むものであれば、機能や価格以上に情緒的価値で支持される ようになります。
逆に言えば、ストーリーが希薄だと単なる通販サイトの延長に留まりやすいとも言えます。近年注目されたアパレルD2C「ALL YOURS」などは「衣服を通じて自由な生き方を応援する」というビジョンを掲げ、クラウドファンディングで賛同者を募りながら成長しました。顧客自身がブランドの物語の一部となっている感覚を持てれば、競合他社では代替できない熱狂的なファン層を築くことができます。
さらにブランド体験の一貫性 も重要です。商品デザイン、パッケージ、サイトデザイン、接客対応に至るまで、ブランドの世界観や価値観が一貫して感じられるようにします。例えば高級感を売りにするブランドなら梱包やカスタマーサポートも上質さを演出する、といった細部まで配慮した体験設計です。これにより顧客は接触のたびにブランドの価値を再認識し、ロイヤリティが高まります。要するに「商品を売る」のではなく「価値観やライフスタイルを売る」意識を持つことが、D2Cブランドをスケールさせるブランディングの肝と言えるでしょう。
オペレーション最適化
事業規模の拡大に伴い、オペレーション(業務運営)の効率化・最適化 も避けて通れない課題です。どんなに集客や商品が好調でも、裏側の供給や対応が追いつかなければ成長は頭打ちになります。D2Cはメーカーから物流・販売・サポートまで一気通貫で行うため、「総合格闘技」と称されるほど多岐にわたる業務を内包します。ゆえにスケール段階では物流・在庫管理やカスタマーサポートといった部分の負荷をどう吸収するか が重要になります。
まず物流面 では、出荷遅延や在庫切れを防ぎつつコスト効率を高める工夫が必要です。ある程度売上規模が出てきたら、WMS(倉庫管理システム)や受注管理システムを導入して在庫〜出荷フローをデジタル管理する ことが推奨されます。人的ミスの削減や在庫最適化が図れ、売れ筋商品の欠品防止や余剰在庫の圧縮に役立ちます。また、物流業務のアウトソーシング も検討すべき手です。発送代行や3PL(サードパーティ物流)サービスを利用すれば、自社は商品企画やマーケティングにリソースを集中でき、プロが物流を担うことで配送品質も向上します。D2Cブランドの中には早期からAmazonのFBAや物流代行会社を活用し、在庫保管・配送を任せてしまうケースも増えています。重要なのは、拡大に合わせて「在庫が捌ききれない」「発送が間に合わない」といったボトルネックを発生させないことです。システム投資や外部委託も視野に入れ、スムーズな商品供給体制を整備しましょう。
次にカスタマーサポート(CS)の最適化です。D2Cでは顧客から直接問い合わせやクレームが入るため、対応品質がブランド評価に直結します。スケール時に問い合わせ件数が増えても、迅速かつ丁寧な対応を維持するには、人員配置の強化やFAQ整備、チャットボット導入などの対応が必要です。特に日本の消費者はサービス品質への要求水準が高く、問い合わせ回答が遅かったり発送に日数がかかり過ぎたりすると、それだけで低評価につながりかねません 。そのため、成長に合わせてCS担当者を増やしたり、AIチャットボットでよくある質問に自動応答する仕組みを導入したり、問い合わせ対応のフローを標準化して対応スピードを上げたりといった工夫が有効です。
さらにデータ活用による業務改善 も見逃せません。日々蓄積される販売データや顧客データを分析することで、需要予測や発注計画の精度を高められます。どのプロモーションで注文が集中したか、どの商品がどの地域でよく売れているか、リードタイムは適切か等をデータドリブンで把握し、仕入れや生産数を調整することで、無駄な在庫や機会損失の削減につながります。また、サイトのパフォーマンス改善(表示速度向上や決済手順の簡略化など)も技術面の最適化として重要です。サイト速度が遅いと離脱率が上がり売上機会を逃しますし、モバイル対応が不十分だと機会損失になります。成長局面ではシステム面でもスケーラビリティを確保し、アクセス急増にも耐えられるインフラにする必要があります。
このように、「顧客体験の裏側」を支える物流・CS・システムの仕組み を整えることが、ブランドの信頼を維持しつつ規模拡大を支える土台となります。D2C企業の中には「スピード配送」や「梱包の美しさ」それ自体を差別化要因にしている所もあります。裏方の最適化は地味ながら、長期的なブランド評価と収益性に直結する重要戦略なのです。
国内D2Cブランドの成功事例と失敗事例
最後に、日本国内の具体的なD2Cブランドの成功例と失敗例をいくつか見てみましょう。それぞれの要因分析から、前述した戦略の有効性や注意点が浮かび上がります。
成功事例:FABRIC TOKYO(ファブリックトウキョウ)
メンズオーダースーツ・シャツのD2Cブランド「FABRIC TOKYO」は、D2C成功例として頻繁に取り上げられる存在です。2014年創業の同社は、「店舗で一度採寸すれば、2回目以降はネットでいつでも注文できる」サービスモデルが支持され、急成長を遂げました。2016年に実店舗1号店を渋谷に開設し年商1億円規模だった売上は、そこから毎年3倍ペースで成長し、2019年には年商10億円に達しています。この成功の背景にはいくつかの戦略要因がありました。
第一にプロダクト面の差別化 です。FABRIC TOKYOは従来敷居が高かったオーダーメイドスーツを39,800円〜という手頃な価格で提供し、体型に悩みを持つビジネスマン層に訴求しました。創業者の森氏自身が腕の長さに合うスーツが無く困っていた経験から着想を得たサービスであり、「サイズが合わない」という多くの男性のペイン(悩み)を解決する商品力 がありました。また採寸データをクラウドに保存し何度でも使える仕組みにより、「一度お店に行けば、あとはスマホでオーダーできる」という利便性も打ち出しました。忙しいビジネスパーソンにとって画期的な体験であり、リピーター獲得につながっています。
第二にチャネル戦略 です。オンライン完結が基本のD2Cに敢えて実店舗を組み合わせた「オンライン+オフライン融合」のモデルが奏功しました。都内や主要都市にショールーミング型の店舗を展開し、生地サンプルの閲覧や採寸サービスに特化した「モノを売らない店」をコンセプトに据えました。在庫を持たずキャッシュレス・レジレスの店舗運営はコストを抑えつつ、採寸という不可欠な体験を提供する場として機能しています。店舗展開後は客単価が2倍近くに上がったとも言われ、初回来店で納得した顧客がその後のEC購入でまとめ買いする傾向があったようです 。さらにサブスクリプションサービスも開始し、継続収益モデルの構築にも取り組みました。
第三にデータに基づくCX(顧客体験)改善 です。興味深い分析として、FABRIC TOKYOでは「接客時間が短いお客様ほどリピーター率が高い」というデータが得られたそうです。一般的には高額商材では長い接客で丁寧に説明した方が満足度が高そうですが、同社の顧客は「買うまでのプロセスはスマートな方が良い」というニーズを持っていたとのこと。これを受けて、来店予約枠を30分単位に区切り短時間で採寸・注文を完了できるよう意識するなど、顧客にとって快適な購買体験の提供に努めています。結果として「サクッと採寸してくれて楽だった」という記憶とともに、次回以降もECで気軽に追加注文してもらえる下地を作りました。
このようにFABRIC TOKYOは商品力×サービスモデル×データ活用 のバランスが取れた戦略で、D2Cとして年商10億円規模までスケールしています。業界大手(青山やAOKIなど)とは異なる切り口で市場を開拓し、オーダースーツ=D2Cの代表格としてブランドを確立しました。
FABRIC TOKYOのプロモーションビジュアルの一例。店舗で一度採寸すれば、二回目以降はオンラインでオーダーできるという利便性を訴求し、忙しいビジネスパーソンの支持を集めた 。実店舗とECを組み合わせた戦略で顧客体験を向上させ、5年間で年商1億円から10億円へと成長を遂げた。
成功事例:北欧、暮らしの道具店
もう一つの成功事例として、生活雑貨ECメディアの「北欧、暮らしの道具店」(運営:株式会社クラシコム)を挙げます。同社は北欧雑貨を中心にインテリア・ファッション・食品まで幅広いオリジナル商品やセレクト商品を扱いつつ、自社サイト上で雑誌さながらの読み物コンテンツを毎日発信しています。「カートボタンの付いた雑誌」という表現で自社ビジネスモデルを語るほど、メディア運営とECを高度に融合させたD2Cブランドです。その独自路線が功を奏し、月間1,600万PVを超える集客力と熱心なファンコミュニティを築き上げ、2022年にはクラシコム社が東証グロース市場への上場を果たしました。D2C企業が株式上場にまで至る例は日本では稀であり、まさに持続的成長の成功モデルと言えます。
成功要因の第一はコンテンツドリブンのブランド形成 です。同サイトでは商品紹介だけでなく、暮らしにまつわる読み物記事、レシピ、短編ドラマ動画、ポッドキャストなど多彩なコンテンツを展開しています。ユーザーはサイトを訪れて商品を買わなくても記事を読むだけで満足感が得られるため、毎日のようにアクセスしてくれるファンが多数います。そうしたユーザーにとって、「北欧、暮らしの道具店」で買い物をすること自体がひとつのライフスタイルになっており、単なるEC以上の価値提供ができています。顧客がブランドの世界観に浸り、時間を過ごす場として機能している のが大きな強みです。競合がコンテンツ面で容易に真似できない「カルチャー」を作り上げている点が模倣困難な強みとなっています。
第二に顧客理解に基づく商品開発力 です。同社はユーザーコミュニティやメディア運営を通じて蓄積した顧客インサイトを生かし、自社オリジナル商品の開発にも注力しています。たとえばサイトで得た読者の声を元に婦人服の新作を企画し、少量生産してEC限定で販売すると即完売する、といったヒットを生み出しています。解像度の高いユーザー理解に基づく商品企画と需要予測が可能なため、大量の在庫を抱えずとも高い販売率を実現しています。これは「メディア×EC」を長年続けてきたことで得られたデータと信頼関係の賜物です。ユーザーも「このサイトが選ぶ商品なら欲しい」と感じてくれるため、ブランドとしての提案力が売上に直結しています。
第三に多様な収益源の確保 です。主要な収益源は自社EC販売ですが、それ以外にもサイト上での広告掲載事業(企業タイアップ記事など)や書籍・映画化などコンテンツIPからの収益も得ています。単品通販に依存せず事業ポートフォリオを複線化 することで収益基盤を安定させている点も見逃せません。こうした取り組みが総合的に評価され、国内D2Cでは数少ない上場企業にまで成長できたといえます。
「北欧、暮らしの道具店」の成功から学べるのは、ブランドの世界観と顧客体験への徹底したこだわり です。売上至上ではなくユーザーとの長期的な関係構築を優先してきた結果、熱狂的なファンを抱える強固なブランドに育ちました。これは短期的な数値には表れにくいものの、非常に強力な競争優位となっています。
失敗事例:ありがちな落とし穴と具体例
一方で、D2Cブームに乗って参入したものの失敗に至った例も少なくありません。典型的な失敗パターン としてよく指摘されるのは以下のようなケースです。
ビジョンや世界観が不明確なまま参入したケース :単に流行っているからとりあえずD2Cを始めてみたものの、商品コンセプトやブランドストーリーがありきたりでユーザーの心に響かず埋もれてしまう。
ニーズやトレンドの変化に対応できないケース :最初は良かったが市場や消費者の好みが変わった際に柔軟に商品改良・ラインナップ拡充できず、顧客に飽きられてしまう。
集客がうまくいかないケース :ECサイトを立ち上げたもののSEO対策やSNS活用、広告運用が不十分でアクセス自体が集まらない。「田舎の商店街に店を出したようなもの」と揶揄される状況。
在庫を過剰に抱えるケース :楽観的に生産し過ぎて売れ残り、大量の不良在庫による資金繰り悪化に陥る。
カスタマー対応が疎かになるケース :発送の遅延やサポート対応のまずさから評判を落とし、リピーターが付かない。
これらはどれか一つというより複合的に絡むことが多いですが、一つでも致命的な穴があるとビジネスは立ち行かなくなります。実際の失敗例として、ある企業では海外で買収した製品を日本市場でD2C販売しようとしたものの、商品コンセプトが日本人ニーズに全く合わず大苦戦 したケースが報告されています。半年以上かけ数千万円を投じてECサイトを構築・プロモーションしたにも関わらず、月に10件も売れない惨敗 に終わりました。
敗因は(1)商品の市場適合性の欠如、(2)担当者自身が売れると思えない商品だったためモチベーション低下し戦略も他社任せになってしまったこと、(3)D2C運営のノウハウ不足だったこと、の3点だと振り返られています。この例からも、商品力(プロダクトマーケットフィット)の重要性 やチーム内での熱意・オーナーシップ 、適切なマーケティング知見 が欠けていると、どんなに投資しても結果が出ないことが分かります。
また、D2Cの利点はチャネルを自社でコントロールできる点にありますが、それを十分活かしきれず「直接顧客と繋がっているのに、そのメリットを経営に活かせていない」企業も多いと指摘されています。せっかく顧客データを持っていても分析・活用せず、旧来型の大量生産大量広告投下のようなやり方をしていてはD2Cの強みが出ません。
さらに、スケールを急ぐあまり収益モデルを見誤ることもあります。例えば本来は固定費のかからないD2Cであるにも関わらず、拙速に実店舗展開を広げすぎ家賃負担で利益を圧迫してしまう、といった判断ミスも起こりえます(D2Cブランドが安易にリアル店舗に進出すると本来のメリットが薄れ落とし穴になる との指摘もあります)。
要は、D2Cだからと言って魔法のように成功できるわけではなく、ビジネスの基本原則(市場適合性・差別化・需要予測・顧客志向・計画性)が揃って初めて成長軌道に乗る ということです。失敗事例から学ぶことで、先述した成功戦略の重要性が改めて浮き彫りになります。
ヨコタナオヤの視点
筆者(ヨコタナオヤ)はこれまで複数のD2Cブランド支援や自社ブランド運営に携わってきた経験から、D2C事業の成長戦略において特に重要視すべきポイント として次のものを挙げたいと思います。
まず第一に「プロダクト×マーケット×ストーリー」の三位一体です。どれか一つが卓越しているだけでは不十分で、商品自体の魅力(品質・デザイン・価格)、ターゲット市場の明確なニーズ適合、そしてそれらを包み込むブランドの物語性、この三つが噛み合った時に初めて強いブランドが生まれます。立ち上げ時にはどうしても商品開発やWeb構築に注力しがちですが、並行して「自分たちは何者でお客様に何を提供したいのか」というビジョンを深掘りし言語化する作業が欠かせません。芯の通ったブランドコンセプトがあれば、戦術レベルでは多少のブレがあってもファンは付いてきてくれます 。逆にコンセプトが曖昧なままマーケティング施策だけ真似ても、一過性の話題で終わってしまうでしょう。
第二に「顧客との対話を常に続ける」ことです。D2Cの強みはお客様の声をダイレクトに聞き、迅速に商品改良やサービス改善に活かせる点にあります。ECサイトのアクセス解析や購買データはもちろん、SNSのコメントやアンケート、時にはクレームにも宝の山のようなヒントが潜んでいます。成長志向が強い企業ほど、顧客との接点から得られるインサイトをプロダクト開発やマーケ戦略にフィードバックするサイクルが高速です。筆者も新商品の企画時には必ず既存顧客ヒアリングを行い、「次はこんな商品が欲しい」「ここを改善してほしい」という生の声を集めます。顧客は単なるデータポイントではなくパートナー だと捉え、ともにブランドを育てていく姿勢が結果的にロイヤルティ向上にもつながります。
そして失敗を防ぐための事前準備とロードマップ作成 については、現実的な計画と柔軟性のバランス が重要です。ビジネスプラン上は年次で売上○倍成長など数値目標を置きますが、実際には外部環境や流行の変化で計画通りに進まないこともあります。そのため、ロードマップは「仮説」と心得て常に検証・修正していく 姿勢が必要です。たとえば、1年目はまずオンライン広告でCPA◯円以下の獲得を目指す、2年目からSNSコミュニティを本格化させる、3年目に実店舗をテスト導入する…といったステップを描いたとしても、状況によっては前倒し・後倒しや戦略転換を柔軟に判断します。
大事なのは各フェーズでのKPIとリソース配分を明確にし、節目ごとに進捗を見直す仕組み を持つことです。例えば半年ごとにAARRRの各指標をチェックして、Retentionが弱いと判明したら次の半年はCRM施策に経営資源を集中するといった具合に軌道修正します。闇雲に突き進むのではなく「学習しながら成長する」意識でロードマップを運用することで、致命的な失敗を避けつつ持続的なスケールを目指せるでしょう。
また、人的リソース面ではチームビルディング も成長戦略の一環です。事業が拡大するにつれ一人ではまかなえない領域が出てきます。適切なタイミングで専門人材を採用したり外部パートナーの力を借りたりすることも視野に入れ、「成長できる組織」を構築することが最終的にはブランドの成長に直結します。どんなに優れた戦略も実行するのは人ですから、組織づくりもロードマップに織り込んで計画しておくべきです。
総じて言えるのは、D2Cブランドのスケールアップは「アート(創造性)とサイエンス(科学的分析)」の両輪 だということです。顧客の心を動かすクリエイティブなブランド作りと、データに基づく綿密なPDCA運用。この二つを備えたチームであれば、たとえ途中で壁にぶつかっても乗り越え、持続的な成長軌道に乗せることができるでしょう。
まとめ
EC・D2C事業をスケールさせるためのポイントを整理すると、以下のようになります。
市場環境の理解と差別化戦略 : 拡大するD2C市場では競争が激しいため、商品力やブランドストーリーなど明確な差別化ポイントを打ち出す。流行に乗るだけでなく、自社ならではの価値提供を設計することが重要です。
成長フェーズに応じた戦略転換 : 0→1ではニッチ攻略やグロースハック、1→10ではチャネル拡大や組織強化、10→100ではマスマーケティング活用といったように、段階ごとに戦略目標をシフトさせる柔軟性を持つ。成功事例に学びつつ自社状況に合わせて最適解を探る。
AARRRモデル・LTV視点での施策最適化 : 獲得から定着・収益化までユーザーのライフサイクル全体を管理し、ファネル上のボトルネックをデータで特定して対策する。新規顧客獲得とリテンション(既存顧客の育成)のバランスを取り、特にLTV最大化によって成長の収益エンジンを強化することが肝要。
顧客獲得チャネルの多様化と最適運用 : 広告・SEO・SNS・インフルエンサー等あらゆるマーケティング手法を駆使して認知拡大を図る。ただし費用対効果を常に検証し、無駄な出費やチャネル依存に陥らないようモニタリングする。
顧客ロイヤルティ向上施策の徹底 : CRMを軸にパーソナライズコミュニケーションやロイヤリティプログラムを実施し、顧客との長期的な関係構築に注力する。ファンコミュニティや紹介プログラムを通じて、自発的なリピート・口コミが起こる仕組みを作る。
ブランド価値の醸成 : 世界観の統一や物語性を持ったブランディングで他にはない顧客体験を提供する。単なる商品の売買以上の付加価値(カルチャー体験)を提供し、顧客をブランドの共創者として巻き込んでいく。
バックエンドの強化と効率化 : 事業拡大に合わせて物流・在庫・CS・システムを整備し、スムーズな運営体制を敷く。最新ツールや専門パートナーも活用しながら、顧客満足度を下げない安定供給とスケーラビリティを確保する。
計画と検証のサイクル : 成長ロードマップを描きつつも常に状況に応じて検証・修正する。データに基づく意思決定と顧客の声を反映した改善を続け、学習しながら成長する組織文化を持つ。
D2Cブランドをスケールさせる道のりは決して平坦ではありません。しかし、顧客との直接的な繋がりを武器に、創意工夫と分析改善を積み重ねていけば、必ずや道は開けます。ビジョンに根ざした戦略と粘り強い実行力 こそが、持続的成長を実現する最重要ポイントと言えるでしょう。自社ブランドの現在地を見つめ直し、今回紹介したフレームワークや成功事例から得られる示唆を活かして、ぜひ次なる成長ステージへのロードマップを描いてみてください。
参考記事:
GENIEE CX NAV1
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村岡: まずはクラシコムさんが手がけている事業を教えてください。青木: もともとは北欧のヴィンテージ食器などを販売していましたが、それに加えてアパレル、コスメ、コ...
Marketing Native(マーケティング...
「北欧、暮らしの道具店」が提案する、顧客を惹きつける「カルチャー」は模倣困難な強みだった。 | Marketi...
北欧雑貨のECメディアを運営するクラシコムが2022年8月5日に東京証券取引所グロース市場へ上場を果たし、大きなニュースとなりました。同社が運営する「北欧、暮らしの道具...
note(ノート)
CRMの強化でリピーター比率6割以上&会員の9割がLINE連携。HEAVEN JapanのShopify Flow活用についてのイン...
HEAVEN JapanのマーケティングDXグループで実施している「Shopify Flow」活用について、弊社COO・今川浩志のインタビュー記事が掲載されました。 リピーター比率6割以上 会...
ShopifyでECサイト制作するならFAS...
企業の10倍成長に効くノート / 株...
"SNS時代の次世代メーカー"として「北欧、暮らしの道具店」のクラシコムがメーカーの次の形を作り始めた気...
結論から言うとクラシコム社は従来のメーカーと異なる点が多くあります。さらにD2C企業と比較しても大きく異なります。その異なる点を分析してみると一方的なマスメディア...